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パチスロブロガーが初めてスロットを打った経緯とその時の印象【リクエスト記事】

おいらっくす(@euraxxxx)です

今日はほとんどの方には興味がないとは思いますが、リクエストをいただいたのでそちらをお答えするという形で記事を書いてみました

おはよう御座います。いつも楽しく拝見させて頂いております

可動ストックが少ないとの事なのでせんえつながら提案させて頂きます。

●専業になられる前の印象深い出来事(大勝ち、大負け、大マクリなど)

始めてスロットを打った経緯とその時の印象

●お金がかかってしまいますが色々なスロットアプリをやってみておいらっくすさんなりの評価

取り敢えず私が見てみたい内容をあげてみました

ご検討頂ければ幸いです

こんな時期なので体調には充分お気を付け下さい

このコメントは非公開にして頂ければ幸いです

というわけでリクエストを下さったやすさんありがとうございますm(__)m好きです

今回は3つ下さったリクエストのうち1つにピックアップして書いていこうと思います

 

今ではスロットブロガーとして活躍しているおいらっくすが、一体どのようにしてスロットと出会いのめり込んだのかです

 

この人間に興味のない方はへどがでるような記事だとは思いますが我慢して見てください

他の2件のリクエストについてもいずれ記事にしますので気長にお待ちください!

 

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遡る事十数年前…

そもそもおいらっくすとは某岡山県の田舎で産声を上げました

その当時でいったら一番栄えているところがコンビニくらいの田舎です。もちろん電車もありませんし出前なんて呼んでも来れないようなところです(とはいえゴリゴリ山の中というわけでもありません)

 

そんな田舎に生まれたワイは、優雅な自然に囲まれ真っ白なキャンバスに人生を描き始めました

 

なので必然的に幼少期の遊びといえば、テレビゲームか野山を駆け回るくらいしかなかったんですね

そんな田舎にもパチンコ屋がポツンと一件だけ存在していました

 

今は亡き父親もパチスロをやっていたので、そこがなんの店なのかは幼いながらにも理解していたと思います(残念ながら父親は生きています)

 

真っ当な人生を歩んでいればパチスロと触れ合う機会はなかったかもしれません

 

 

それから時は流れ

時は流れ、野山を駆け回っていたおいらっくす青年は家庭環境こそ劣悪でしたがすくすく成長していました。人並みに恋もして精通も経験して大人の階段を順調に登っていました

パチスロと出会ったのは16歳だったでしょうか

 

この頃になるとすでに両親は離婚し、実家には勘当されていて、友達の家に居候させてもらっていたと思います

滑り止めで合格した県内一のおバカ高校も中退していました

 

その辺の詳しい話は宮崎卓郎というライターが昔記事にしていたのでそちらをご覧ください(多少の誇張はありますが大体事実を書いています)

 

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控えめに言っても真面目とはかけ離れた青春を過ごすワイの周りには当然のようにそれに相応しい友達がいました

 

中学でタバコに手を染め下品なビッグスクーターを乗り回していました

今思うと恥ずかしいですが、この頃はこういうのが流行っていたんです。バイクをLEDで光らせたり荷室にオーディオを積んだりしてレゲエミュージックなんかを流すんです

 

まわりの友達もほとんどが高校を中退し、土木作業や解体業などで汗水たらしていました

高校も卒業してない我々には職の選択肢がありませんでした

 

仲間の中でも厳しい家庭で育ったやつはそこから通信高校などに通い始めます

ワイはアルバイトで林業をやらせてもらってました

 

 

出会いは必然だった

こんな田舎ですから遊べるところは限られます

16にもなって野山を駆け回るばかりではさすがに飽きます

 

バイクで走り回っても代わり映えもありませんし、すこし足を伸ばしてもせいぜい隣町のカラオケくらいです

多感な時期の我々はスリルを求めていました

 

そんな中地元に一件だけパチンコ屋があります

そりゃあそこに行きますよね。そう考えるとパチスロに出会うのは必然だったのかもしれません

 

詳しい経緯なんかは覚えていませんが、仲間の誰かに誘われてパチンコ屋に行く流れになりました

 

当時のワイはそこがどんなところかはもちろん理解していましたが、いざパチンコ屋に入るのは怖かったと思います

18歳以下は入場できないので年齢がバレないか不安でした

 

パチンコ屋の扉は想像より重くずっしりとしていて、まるでワイ達を拒んでいるかのようにも感じました

 

ギィィと重い扉を開くと、薄暗い店内の中に所狭しと並ぶパチンコスロットの数々。タバコの充満した匂いと共に視界にそれらが飛び込んできた瞬間そこには楽園があるように見えました

 

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初めて打った機種

赤信号みんなで渡れば怖くないの精神で地元のパチンコ屋に入りました

 

意外にも年齢確認などはされずスムーズに入店できました

よく童顔とも言われますし、明らかに若者のはずですが特に声などはかけられませんでしたね

 

その当時設置してあった機種は「リングにかけろ」、「エヴァまごころを君に」、「青ドン」などです

 

しかし色々な機種があるのはいいですが、もちろんパチスロ初心者のワイにはゲーム性も何もわかりませんし、目押しだってできません

AタイプやA+RT、そんなことは当然何もかも知りません

 

ワイは友達に進められるままにとある機種に座りました

 

 

アイムジャグラーです

 

ジャグラーなんてザ・スロットですもんね

たしか自分の記憶が確かなら最初に打ったパチスロはアイムジャグラーEXだったと思います

 

そしておぼつかない手順で千円をサンドに入れて遊戯しました

しかしビギナーズラックなんて都合の良いものはなくその日は普通に負けたと思います

 

勝ったから楽しいとか負けたから悔しいとかそんな感情は無かったはずです

ただ新しい世界を経験できた喜びと刺激の方が当時のワイには新鮮だったのです

 

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そこからパチスロとの付き合いが始まりました

初スロットは負けはしたものの、入ってもバレないのが判明したワイはそこからこのホールに通い始めます

そう、養分スロッターが一人生まれたのです

(エナ専になるのは当分先の話です)

 

幸いにも?ここのホールは低貸しでしたので、お金のないおいらっくす達にはパチスロが最高の遊びになりました(10スロ)

 

ほとんど毎日通っていたので、居候先のお父さんにバレてはよく叱られていました

(息子も友達でよく一緒に打ちに行ってましたね)

 

その都度お父さんが怒ってパチンコ屋に電話をかけるんですよ「お前ら未成年が出入りしとるの知っとって黙認しとんだろうが…!!」

 

いやぁ今思うと愛ですね

その方には本当にお世話になりました。間違いなく人生で一番お世話になった方です

 

 

余談

このようにしておいらっくすはパチスロと出会いました

 

余談ですが、そのホールのすぐ近くには居酒屋があり、打ち終わってからそこでだべったりしていました

 

ホールの営業時間が終わるとその店の店長も飲みに来ていて一緒に喋ったりしていたので、

完全に年齢は黙認だったんだと思います

 

 

もう今現在その店はありませんが、もしその場所にパチンコ屋が無かったら今頃自分は何をしていたのでしょうか

パチスロすらやってない未来も考えられます

 

そう考えると人生は偶然の積み重ねです

 

毎日あらゆる場所に人生のターニングポイントはあって、皆知らぬうちにそれらを選択しているのかもしれませんね

(なんか格好良く終われた)

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