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[ライフハック]モーセの十戒を破り、チラシを配ってみた。

 

「またか」。僕はベッドの上で電話を切り、そうつぶやいた。

「ご紹介したお仕事は、、あれはこちらの手違いで、、六月から開始でした、、」、そう派遣会社の営業から連絡がきた。

 

この時期はそもそも派遣の案件自体が非常に少ないらしく、しかも流動的なのだそうだ。

 

 

僕は体を起こし、PCを開いた。そして、「P/Lマネジメントシート」という、立派な名前のついたエクセルをクリックした。

 

これは以前、僕が事業を起こした時のためにこしらえた予算管理表だった。今はギリギリの生活費をやりくりするためのお小遣いノートと化している。

 

P/Lマネジメントシートによれば、今月はあと12,560円の収入がなければ、僕は家賃などの生活費が払えなくなる。会社なら倒産である。こういった場合、会社経営者は当座をしのぐため銀行から借り入れたりるすだろう。

 

僕も消費者金融で同じことを行ってもいい。僕は今月予定されている支出額を入力した。すると、合計の項目に‐12,560と赤い文字が表示された。

 

何故こうなってしまったのか。原因を分析しなければならない。会社なら戦略(経営者側)もしくはパフォーマンス(従業員側)のどちらかに問題があるのか検討するだろう。

先月僕は「クリエイティブ仕事でなければ、いつかAIに仕事を奪われてしまう」という戦略のもとに「ボールペン工場の検品」の派遣を辞めた。

 

それはボールペンの射出成形から組み立て、納品まで一貫して行える比較的大きな工場だった。

 

分業制で持ち場を分けられ、ボールペン生産部検品課に配属された僕たちは、組み立て機と梱包機の間に立っていた。

 

朝、出社し、作業着に着替え、ダラダラと持ち場につき、終業まで立ち尽くす。そんな仕事だった。

 

組み立て機から吐き出されるボールペンを手に取り、シールは貼られているか、歪みは無いか、書けるか、キャップに問題は無いか確認し、次のレーンに流す。

 

「お前なら大丈夫だ。社会で活躍してこい」。そう、ボールペンに情をかける暇はない。次から次へと新たなボールペンが押し寄せる。

 

「今日は人が足りてないので、作業を早くして下さい!何回もいえば分かんだよ!」。田中課長と呼ばれている三十路の男が現場を回っている。

 

田中課長は、話し方の要領が得ない、冴えない男だった。どう見ても学がありそうには見えない。工業高校か専門学校を卒業して以来、ずっとボールペン工場の、機械と機械の間で働いているのだろう。

そんな彼は、僕たちに対して作業のスピードと正確さ以外何も求めていなかった。

 

 

「田中課長うっとしいねぇ、宮崎くんはあんな大人になったらあかんよ」、共に派遣として働く吉田は僕にそう語りかける。

 

40代の彼女は夫の稼ぎが悪いらしく、こうして派遣として働いている。

 

「宮崎くんやったらもっとええ仕事あるんやないの?こんなとこで働かんでも」、一応、有名私立大学出身の僕が派遣社員をしていることを、彼女は訝しく思っている。

 

そこで僕は、将来公認会計士なるため勉強していると嘘をついた。

 

何か夢がある、何か目標がある、そのため今はこの境遇に甘んじている。こういう嘘は特に更年期の女性に刺さる。

 

「これも良い社会勉強ですよ」と僕は笑ってみせる。「ええ子やなぁ!」と吉田さんは感心する。

 

「私語はしないで下さい!何回も言わせるなくそ!」、田中課長が怒鳴る。

 

田中課長は相変わらず、僕たちに作業のスピードと正確さ以外何も求めない。

 

せっかく大学を出た僕も、「ボールペン生産部検品課」で、機械と機械の間に組み込まれている部品に過ぎない。

 

その部品である僕たちのメンテナンスを工業高校を出た冴えない田中課長が行っている。

今日は本部の人間が視察にくる。ゆえに田中課長もピリピリしているのだろう。

 

工場を見渡せる位置にあるガラス張りのオペレーションセンターでは、工場長と営業風の男が話し合っている。

 

そして仕切りに、ボールペン生産部検品課を指差し数を数えている。おそらく僕たちの頭数である。

 

この仕事もきっとAIに奪われるに違いない。僕の頭に、ふと恐怖がよぎった。

 

僕たちが作業しているこの空間に人が必要なくなれば、僕は明日から無職だ。それどころか、田中課長はどうなるのだろう。

 

あの冴えない男に、「機械が代替したおかげで出来る、クリエイティブな業務」が務まるだろうか。

 

僕はそうした漠然とした不安に支配されながら、黙々と作業の手を動かしていた。

 

しかし、僕はAIに負けてはならない。そのためこんな感情により作業効率を下げてはならない。ただひたすら、黙々とスピードを維持しなければならない。

 

「宮崎くん、普段はなにしてんの?」。吉田さんがまた、小声で僕に話しかける。

 

「帰り道においしいパン屋さん見つけたんやけど、ちょっとよってみいひん?」。

最近吉田さんは僕を誘ってどこかに行きたがる。この歳の女性は、産めなくなることに本能的な危機を感じるという。

 

僕とS○Xしたいのかな。僕はそう心の中でほくそ笑んでいた。

 

すると、作業にのみ集中しなければならない僕の身体は、下半身が頭を上げ始めた。

 

仕事中だ!よせ!僕はその隆起を必死にこらえようと前かがみになった。

 

「どうしたん?」。吉田さんが僕に問いかける。

 

「すみません、お腹が痛いのでちょっとトイレに行ってきます」。僕はそういうと、その場から逃れた。

 

田中課長のもとに行き許可を取った。「作業が遅れているので早く帰ってきて下さいよ」。彼はそう付け加えた。

 

 

トイレで僕は考えていた。僕は、吉田さんは、田中課長ですら、所詮は人間なのだ。

 

あらゆるノイズが作業の邪魔をして、機械のようには働けない。

 

だとすると、ボールペン生産部検品課はいつか機械にとって代えられるだろう。早くここから脱しなければならない。

 

そう思い、辞職の決意を固めていた。

 

ただ、パートのおばさんにすら欲情してしまう。この惨めな情動に、僕はトイレから出ることが出来なかった。

ーーーーーーーーーーーーー

辞職後、僕はただダラダラと、平日の昼間ユーチューブを見たり、友人と遊んだりして過ごした。このようなナマケモノな人間は早晩、AIと入れ替えられるだろう。そういう意味で僕の戦略は正しかった。

 

しかし、その戦略に従う従業員は僕自身だ。この従業員は差し迫ったピンチに対して、なんの危機感を持たずダラダラ過ごしていた。

 

通常の会社なら、こんなヤツはクビだ。だが、僕が僕の自身の首を切ることは出来ない。

 

例えパフォーマンスが悪くても、一生食わして行かなければならないのだ。会社なら絶望的な状況である。

 

 

そこで僕は、急場しのぎで日雇いの仕事を探すことにした。東京における日雇いの相場はだいたい時給千円くらいだそうだ。

 

この際だからやったことのない仕事をやろう。そう思い探していると、俗にいうチラシ配りの仕事を見つけた。

とりあえず、と思いエントリーするや否や、すぐさまその会社の担当者を名乗る男から電話がかかってきた。

 

 

「この度はエントリーありがとうございます !このお仕事やりますか?」、なんてスピード感だ、僕は思わず「はい」と答えた。

 

電話を切り30分程すると、また先ほどの男から電話がかかってきた。「さっき紹介したお仕事なんですけど、もともと8時間労働がねえ、先方の都合で5時間に短縮されました」と伝えてきた。

 

僕はすでに他の仕事も見つけていたので、「では、今回は見送らせて頂きます」と答えた。しかしこの男、なかなか面の皮が厚い。

 

「いやいや、すでに先方には出勤される旨をお伝えしましたし、求人サイトにもお金を払いました。それではうちに損害が発生します、宮崎さんだって行くという意思を見せたではないですか。どうか明日だけでもどうか出勤してもらえないですか?」と譲らない。

 

もう一度断ってみるも男は引き下がらない。これは逃げられない、冷や汗がこめかみを伝う。どうか明日だけでも協力してくれと拝み倒してくる声色には、蛇のように絡みつくしつこさがある。

 

ここで電話を切ったところで何度も何度も違うダイヤルを通してかけなおして来ることが想像できる。

 

なので、僕はあえなく明日の出勤を承諾した。電話を切った後、その日は一日中ベッドの隅や換気扇のなかから「宮崎さんおねがいしますよぉ」というあの男の声が聞こえてくる気がした。

 

 

「チラシ配り」

 

欲しくもない紙屑を如何に、人々に握らせるかという仕事。こう思うと意外に奥が深いのかもしれない。

 

そう考えながら、就業場所である吉祥寺ヨドバシカメラのコンタクトレンズ屋さんにて仕事の説明を受けていた。

 

内容はとても気楽な仕事だった。スタッフは僕一人だけで、ヨドバシカメラ正面玄関にて一時間内に指定された枚数を守りながら適当に配っていればよかった。

 

これはノルマだけ守れば、あとはヨドバシの従業員食堂や喫煙所で寝っ転がれるじゃないか。僕はそう思い、早く配れる方法を考え始めた。

 

人は目の前にモノを差し出されれば無意識にそれを受け取ってしまうというという。試しに実験してみる、たしかに取ってくれる人は増えた。特に老人で男性、とりわけ「よぼよぼ」の老人の確立が高い。

 

老人になると考えて動くより、脊髄反射が優位になるのか、それとも彼らは餓えた時代を知っているので、渡されればなんでも受け取ってしまうのか。

 

 

午前中は年寄りを見かければ、すかさず駆け寄り、「おじいちゃんはい、どうぞ」「ああ、どうもありがとう」と言った具合にノルマを達成した。

 

しかし僕が配っているのは「コンタクトレンズ乗り換え5000円キャンペーン」のチラシだ。

 

おじいちゃんを今からコンタクトデビューさせたところで仕方がないし、このクーポンは三途の川の渡し賃としても使えない。

 

そこで地味なメガネ女子に対して「コンタクトデビューいかがすかぁ?」と提案営業を行ってみたり、渡すときの角度や姿勢を気にしてみた。

 

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しかし結果として手に取ってくれる方はすこし増えたが、単に時間帯で変わっているのかどうか分からなかった。

 

いずれにせよ、細かい工夫だけで飛躍的に受け渡し率を上げることはできないようだ。

 

チラシ配りには今、イノベーションが求められている。そう思い僕は、仕事初めにもらった、≪チラシ配布マニュアル≫を読み返す。

 

そこには数項目の規定、例えば10m先まで届くよう元気な声を出しましょう、○○コンタクトのロゴが見えるように服を着ましょう、○ンデーアキュビュー、ボ○ュロム、クー○ービジョン○○円とわかりやすく説明しましょう、などといったありきたりな説明が書いてあった。

 

なんだこれ、「モーセの十戒」に似ているな。ふとそう思った。モーセの十戒とは、聖書にある民族指導者モーセが神から与えられたという、十項目の戒律である。以下がモーセの十戒だ。

 

一、我は汝の神ヤハウェ、我の外何ものも神とするなかれ
二、汝自らのために偶像を作って拝み仕えるなかれ
三、汝の神ヤハウェの名をみだりに唱えるなかれ
四、安息日をおぼえてこれを聖くせよ
五、汝の父母を敬え
六、汝殺すなかれ
七、汝姦淫するなかれ
八、汝盗むなかれ
九、汝隣人に対して偽りの証をするなかれ
十、汝隣人の家に欲を出すなかれ

 

このモーセの十戒には、「この規定を破れば簡単に金儲けが出来る」という俗説がある。例えば売春を行ったり、詐欺を行ったりという風に。

 

つまるところ、このコンタクト会社のチラシ配り業務におけるモーセの十戒である≪チラシ配布マニュアル≫に背くことが、細かい努力での効率化が頭打ちとなったチラシ配布業界に革新的なソリューションをもたらすのではないだろうか。

 

思えば、道行く人々にとってチラシ配りスタッフを軽蔑している。我々は基本的に有益な情報を教えてくれるわけでもなく、自分にゴミを握らせるため近づいてくる職業だ。

 

そういう印象を持たれているのに、「いきいき瞳コンタクト」と書かれた黄色いユニフォームを見せびらかせ近づけば、理性が警戒し、チラシを脊髄反射で受け取るという現象が起こらないだろう。

 

「コンタクト乗り換え割5000円分クーポンです!」と言ってしまえば尚更警戒される。

 

 

そもそも、一瞬で勝負がきまるチラシ配りにおいて、コミュニケーションで相手を説得するのは不可能だ。向こうから取りに来させなければならない。

 

つまり配布物のメリットを理解させるより、メリットがあると誤解させなければならない。

 

 

僕はすぐさま≪チラシ配布マニュアル≫の規定に背き、ユニフォーム正面のコンタクト会社のロゴを名札で隠した。

 

そして配布場所のヨドバシカメラ玄関左脇に定位置を決めた。そしてこのようなうたい文句を発した。

「本日使えるクーポンを配布しておりまーす」

 

 

 

 

イノベーションが起こった。

 

ヨドバシに入店していくお客様が次々とこの「コンタクトレンズ乗り換えキャンペーン」のチラシを受け取る。

 

もちろん僕は、ユニフォームの着方を変えただけで、このうたい文句はウソではない。

 

ヨドバシの6階にあるコンタクト屋さんのチラシを、指定された場所で配っているだけだ。

 

ただ、どことなく、「ヨドバシの商品が安くなりそうなクーポン」を配っているように見えるのだろう。

 

こうして、1時間で配るノルマを10分で終えることが出来た。時間が多く余ったので、もう少しくばり、後はヨドバシの食堂で本や新聞を読んだりしていた。

 

少々お暇をいただいたが結局ノルマの5倍配ることができた。

 

就業後、帰り路の中央線に揺られながらしばらく1日を振り返った。今日僕はチラシ配り業界に革新的なソリューションをもたらしたようだ。

 

この調子で日本のチラシ配り業界をけん引できないかプランニングをしていた。 まあなんにせよ、ダラダラ生きている僕にとって、社会復帰の訓練になったのではないだろうか。

 

しばらく人がやりたがらない仕事をたくさんしてみるのもいいかもしれない。

 

 

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