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何故、パチスロブロガーになってしまったのか[後編]

 

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何故、パチスロブロガーになってしまったのか 中編

 

「あなた方が人の気持を考えられるようになり、あなた方が社会に出て馬鹿にされない程度の常識と学力を持ち、そして、せめて在学中に犯罪を起こさない。そんな学校に私はしたい」

 

おいらっくすが入った地元随一のバカ高校の入学式にて、校長先生は、要約すると上記のような祝辞を語った。

 

そこは動物園だった。

 

入学式中に喧嘩をしてしまう男子生徒や、それを囃し立てる女子生徒。その横でただ下を向いてぶつぶつ独り言を言う薄暗い生徒。クラスごとに別れて並ぶ列はだらしなく歪んでいた。

 

義務教育が終わり高校受験でランク分けされた瞬間、こうも鮮やかに自分の社会的立場がわかってしまうのか。その高校の入学式は、まるで頭が悪いことで起こる弊害の見本市のようだった。

 

 

入学式が終わり、おいらっくすのハイスクールライフが始まった。彼は出身中学校のヤンキーグループに所属していたため、ヤンキーコミュニティの横の繋がりであっという間に友達が出来た。

 

 

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また彼のユーモアのセンスも相まって、彼はすぐにグループの中心的人物になった。ただ、彼にはそんなハイスクールライフを謳歌するために、重要なものが一つ欠けていた。

 

彼はケータイを持っていなかった。というより、買えなかった。

 

 

「公立に行かなければ、学費を払わない」。と彼の父ヨシヲは言った。ヨシヲは学費だけにとどまらず、私立に通うこととなったおいらっくすへの一切の支援を打ち切っていた。その一環として、携帯も自分で買わなければならなかった。

 

「おいらっくす、アドレスおしえてよ!」(当時は所謂ガラケーであり、Lineなどはまだなかった)とクラスメイトやヤンキーたちに聞かれても、「ごめん、まだ持ってないんだ。」、としか答えることが出来なかった。

 

おいらっくすはとても決まりが悪かった。当時、クラスで携帯を持ってなかったのはおいらっくすと石田君(仮)だけだった。ちなみに石田君は孤児院の子だった。

 

 

そんな折、ある可愛らしい女の子がおいらっくすのことを「かっこいい」と話している、という噂を耳にした。

 

しかもその子は、中学時代の段階で「市内一のヤリマ○」、「アドレスさえ手に入ればヤれる」との異名を持っていた。

 

おいらっくすは聞こえ始めた春の足音に、胸を高鳴らせた。その春が自分にまたがり、まだ見ぬ快楽の園があたり一面に広がる。思春期真っ盛りのおいらっくすは有頂天になった。

 

そしてそれは、誤報ではなかった。「市内一のヤ○マン」が新品のスカートをなびかせて、彼の席にやって来た。

 

 

「おいらっくす君、よかったらアドレス交換しよ!」。

 

しかしおいらっくすはこれに、「今無くて、来月のバイト代で買おうと思うんだ」。とすこし大人ぶって答えざるを得なかった。

 

「そっか、残念」。と彼女は甘い匂いだけを残して去って行った。その後、彼女はすぐに新しい男を作り、また別れてを繰り返した。そのサイクルに携帯のないおいらっくすが入ることはなかった。

 

おいらっくすが入学当初に見たそれは、まるでまだ肌寒い春先の朝に見る夢のように、短く、忘れがたいものとなった。

 

 

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「公立に行かなれば、学費を払わない」という父ヨシヲの宣言は、滞りなく履行されていた。

 

おいらっくすは学校が終わると、その足でバイト先である回転寿司屋に行き、学校の制服から寿司屋の制服に着替えた。

 

おいらっくすは、悔しくて仕方なかった。他の友人がカラオケに行ったり、女の子とデートをしている最中、彼は回転寿司屋で酢飯を炊いていた。月々最低でも約二万五千万円の学費を自ら稼がなければならないからだ。

 

 

初めて彼が初めて補導されたのは、そんなバイト終わりに寿司屋の駐車場でタバコを吸っている時だった。警察に身元を正されたのち、喫煙を学校に報告されてしまった。

 

そして一週間の謹慎生活を過ごすことになった。その時彼は初めて知った。この学校には三回謹慎を受けると、退学になるというルールがあった。

 

おいらっくすは父ヨシヲから、「公立に行かなければ、学費を払わない」というルールとそして、「学校を辞めれば、家から追い出す」というルールを与えられていた。

 

そこに「三回謹慎になれば、退学処分に処す」。という学校からのルールが加わった。

 

 

少年時代の彼に与えられていたルールは、どれも一度犯せば弁明の余地もなく、後戻りも出来ない一方通行なものばかりだった。これはルールを作った人間が、不必要なモノを追い詰め追い出すために考えたものだった。

 

高校二年生に上がる時、彼は三回目の謹慎処分を受けた。深夜に友達と集まりタバコを吸っている時、またも補導されてしまったのが原因だった。

 

処分を受けた翌日、担任教師と教頭が彼の家を訪れた。仕事終わりのヨシヲがそれを迎え入れた。そして、大人たちはおいらっくすが掃除した客室の椅子に腰を掛けた。

 

「この度は非常に残念ですが、学校規則に基づいて、おいらっくす君は退学となります」。そう言うと教頭は非常になれた手付きで退学に関する書類をヨシヲに手渡した。

 

 

そしてヨシヲも、ライン工が製品に問題がないか目視確認するように、ざっとそれに目を通し、書類を机においた。

 

「おいらっくす、来なさい」

 

教頭たちが帰った後、ヨシヲはおいらっくすを客室に呼んだ。机の上には通っている学校名の書かれた書類と、もう一枚、ヨシヲの肉筆のサインが書かれた紙が置かれていた。それは、「勘当誓約書」と表題に大きく書かれていた。

 

 

おいらっくすはふと、数年前母が残していった離婚届のことを思い出した。紙の上には、すでに肉筆のサインが乗っている。もう後戻り出来ないあの時の光景を。

 

「学校を辞めるので、お前に家からでていってもらう。ここにサインとハンコを押せ。いますぐ準備してこい」。

 

ヨシヲもおいらっくすの顔を、何かを思い出すように見ていた。

 

おいらっくすは自室に行き、印鑑を手にとった。それは父ヨシヲにとっての母、彼にとっての死んだ祖母が生前、姉と自分に作ってくれた象牙の印鑑だった。大事な契約を行うときに使いなさいと渡されていた。

 

 

その印鑑を持ってヨシヲの待つ部屋に戻る時、祖父も姉も、おいらっくすに言葉をかけなかった。この時、客室に戻る彼を引き止めるものは何もなかった。祖母の形見さえも、一方通行の出口へとおいらっくすを追い詰める道具だった。

 

そしておいらっくすは、勘当誓約の上に印鑑を押した。

 

 

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おいらっくすは、父親から家を追い出された。

 

その日から、数日間友人の家を泊まり歩いた。一週間ほど誰かの家に泊まり、家族から注意されれば、別の家に移るという暮らしを続けた。

 

そんな不安定な暮らしがしばらく続いた。家によっては風呂を借してくれないところもあった。なので彼は、シャンプーなどをコンビニで買い、近所の川で身体を洗った。それを友人たちは橋の上から見ていた。まだ肌寒い春先の出来事だった。

(※夏ですbyおいらっくす)

 

 

そんなある日、彼を哀れに思った友人の家族が、彼が真面目に働き、食費と少し光熱費を収めるのであれば家に住んでも良いと申し出てきた。「可哀そうだから」、というのが理由だった。

 

ただ、おいらっくすがその家に住むようになってからというもの、昼夜を問わず彼の友達がその家に集まるようになった。

 

家主の友人もそれに巻き込まれる形で、おいらっくすたちと夜通し駄弁り、学校の提出物もおろそかになった。そして、片付けが出来ないおいらっくすが住み着いたことで、部屋は一瞬でゴミ屋敷と化した。

 

 

夜遅くおいらっくすの友人たちが家を後にする頃に、灰皿にはうず高く吸い殻が積まれていた。

 

極めつけに、おいらっくすは酷い偏食だった。友人の母は、幼い時両親が離婚し「おふくろの味」を長年味わってない彼を思って料理を作ってあげたことがあった。

 

それは野菜の煮物や焼き魚など素朴で家庭的な献立だった。しかし彼はその殆どに手をつけなかった。

 

代わりにコンビニで買って来たラ王を食卓で美味しそうに食べた。そして、容器をそのままにして、友人たちがたむろする部屋へ帰って行った。

 

 

「私がお父さんと話をつけるから、おいらっくす君は家に帰りなさい」。

 

友人の母は二ヶ月間、我慢し、何度かおいらっくすを変えようと試みた。しかし、最終的に彼を元いた場所に帰すことにした。「想像していたより、家に住まわすのが大変だった」。というのが理由だった。

 

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大人同士の話が終わり、おいらっくすは数カ月ぶりに実家の敷居を跨いだ。

 

「お父さんの言うこと聞いて、元気で働きなさいよ」。

 

そう言うと友人の母は帰っていった。

おいらっくすと父ヨシヲは二人でそれを見送った。

 

 

「入れ」。ヨシヲは短くおいらっくすに、そう促した。おいらっくすは正直、実家に帰りたくなかった。これからまたヨシヲの暴力に怯えて暮らしたくなかった。

 

しかし、家が無くなる不安や他人の家を追い出される度に感じた惨め気持ちと比べれば、それは幾分か我慢出来るような気がしていた。

 

その日は久しぶりに帰って来たおいらっくすのため、姉がごちそうを作ってくれた。それはかつて食べたポークソテーだった。

 

食事を終え、彼は数カ月ぶりに自室のある二階に向かい、自室のドアを開けた。彼の部屋は彼が追い出された当時そのままだった。何ヶ月も前のジャンプが枕元に置いてあり、飲みかけのジュースは腐敗しペットボトルが膨張していた。

 

 

その光景は彼を落ち着かせた。そして、部屋の中央にあるこたつ机の前に腰を落とした。タバコに火をつけると、読みかけだったジャンプのページを捲った。帰ってきた。そうした気持ちが胸に溢れてきた。

 

 

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この生活を守らなければならない。数ヶ月の放浪生活は彼に今までなかった生活力と危機意識を宿らせていた。生活習慣を改めれば父が怒る頻度も減るだろう。そう考え彼は部屋を片付けようと立ち上がった。その時だった。

 

どし、どし、どし、

 

と誰かが階段を一歩ずつ上がって来る音がした。姉でも、小柄な祖父のものでもない。それは明らかに父ヨシヲが発する足音だった。

 

 

どし、どし、どし、その足音はなにか明確な目的をもって近づいてくる。そして、おいらっくすの部屋の前まで来ると一度止まった。

 

扉は静かに空いた。やはりそこにはヨシヲが立っていた。と次の瞬間、ヨシヲは勢いよくおいらっくすに殴りかかってきた。

 

普段ヨシヲの暴力には何らかの理由があった。しかし今、ヨシヲは何も言わずただ殴りかかって来る。「やめてくれ!やめれくれ!」。おいらっくすは必死に身を守った。

 

 

一瞬の隙をみて、おいらっくすは部屋の外へ逃げ出した。そして階段を転がり落ちるように下った。その拍子に足を強く打ったが、不思議と痛みをかんじなかった。

 

ヨシヲも彼を追って、階段を下って来た。ヨシヲは何か叫んでいた。それは姉や自分を怒鳴りつける時の声や、帰宅時に愛車のカルディナを遠吠えのように空ぶかししている時の雰囲気とは全く異なる声だった。抑えられない何かが吐き出されているようだった。

 

おいらっくすは勝手口から外に逃げ出そうとした。しかしヨシヲの怒鳴り声で一瞬身体が強張った。その時、ヨシヲの大きな手がおいらっくすの肩を掴んだ。それは万力バサミのようにおいらっくすを強引に掴み上げ、そして外へ放り投げた。

 

 

勝手口前のコンクリートの地面叩きつけられたおいらっくすは、また逃げようと立ち上がった。しかし、それより早くヨシヲがおいらっくすに馬乗りになり彼を制圧する。

 

「わかった!わかったから離してくれ!」と、逃げようと必死で抵抗するおいらっくをヨシヲは2~3発殴る。そして、おいらっくすがうなだれると、すかさずクビを締めた。

 

 

「俺はお前を殺してしまうかもしれない」

 

ヨシヲは息子の首を握りしめそう言った。

 

「わかった!!わかったから!!」

 

おいらっくすは、「わかった」、と繰り返し叫んだ。

 

 

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何故、父は母親に対する暴力を止めなかったのか。

何故、母親は自分たちを捨て、この家から逃げたのか。

何故、父は自分までもこの家から追い出したのか。

そして今、何故父は自分の首を締めているのか。

 

16歳のおいらっくすはこの現実に対して、「わかった!!わかった!!」、と繰り返すことしか出来なかった。

 

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深夜、蒸し暑さの中でおいらっくすは目を覚ました。「クソ暑い」と吐き捨てるように言うと、汗を拭いて、また枕に顔を落とした。明日もまた朝早くから現場に行かなければならない。

 

再び実家を追い出されたおいらっくすを拾ったのは、当時バイトをしていた土建屋の親方だった。彼はおいらっくすに庭先のプレハブ小屋とフルタイムの仕事を与えていた。

 

 

このプレハブ小屋にはもちろんエアコンはなく、うだるように蒸し暑かった。ただ、当時の彼にとってこれが唯一の家だった。

 

しばらく寝ようと試みたが、なかなか寝付けない。そこで彼は二つ折りのケータイを開き、パチスロゲームを始めた。ジャグラーの効果音が、自分以外誰もいないプレハブ小屋の中に響く。

 

ああ、早くクーラーの効いたパチンコ屋にいきたいな。

おいらっくすはそう考えながら、再び眠気が来るのを待っていた。

 

当時のおいらっくすは、生活費の殆どをパチスロに使いながら、そんなことだけ考えて生きていた。

 

 

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