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コールセンターのブラック派遣を通して学んだ、幸せの捕まえ方

夢を見ていた。かわいい子犬と遊ぶ夢だった。子犬はお腹をすかしていて、僕はこの子に餌をあげようと思った矢先、目覚ましのアラーム音が部屋に鳴り響いた。

 

iPhoneのアラーム音のなかでも、一番のんきな「海岸で」という曲が僕と子犬の世界を打ち壊した。

 

七時か、僕は枕もとのスマホを手探りで探す。すぐさま目覚ましをスヌーズにセットし、もう一度眠りにつく。子犬に餌をあげなければならない。待ってろよ、僕がすぐにミルクを飲ましてやるからな。

 

しかし、その後30分ほどの惰眠のなかで、とうとう僕が子犬と再開することは叶わなかった。多分、子犬は僕に早く起きて「派遣」に行けと言いたかったんだろう。

そういえば、僕は晴れてぷー太郎から派遣社員へと昇格している。といっても、週3日の勤務なので、週4日はだらだらと、映画みたり本読んだり好きなことをして暮している。

 

つまりぷー太郎として活動する時間の四分の一程度を人に貸して、残りの全てを本業のぷー太郎に充てているだけだ。要するにまだぷー太郎なのである。

惰眠を十分楽しみ、ようやく床から体を起こす。まずご飯を食べようと思い冷蔵庫を開ければ、そこにはすでに準備された朝ごはんがあった。

僕がこうして惰眠を楽しめたのも、昨日の僕が今朝の僕のために朝ごはんを準備していたからだ。そんな昨日の自分に「感謝」の気持ちを込め、いただきますと手を合わせた。

 

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僕は現在、市の業務委託を受けたコールセンターにて、高齢者向け給付金に関する相談窓口の仕事をしている。

 

主な仕事内容は朝から晩まで、お年寄りに給付金制度の説明をする、といったものだ。僕は一応、外国語対応として雇われている。

だが、未だかつて、外国語が必要な場面に出くわしたことがない。今日も首には「外国語対応」と書かれた名札がむなしくぶら下がっている。

 

僕の家から職場まで、20分ほどだらだら自転車をこいで出勤する。

通勤通学というのは忌々しいものだ。開始時間に間に合うよう通勤しなければならないという意味で、すでに体は拘束されている。

 

しかし通勤の仕方やその態度までの規定はない。つまり思想信条の観点から見れば、通勤は仕事が始まるまで最後の自由な時間だ。

そこで僕は通勤通学時、もっぱらギャングラップを聞くことにしている。この日はDMXというギャング系ラッパーの曲を聞いていた。

このアルバムは往復一時間未満の通勤時間において、向かい道はyo!良いニガはみんな警官に撃たれて死んだとアップテンポで歌い上げ、帰り道はyo!良いニガはみんな警官に撃たれて死んだとメロウな雰囲気の曲が続く。

ギャングラップを口ずさみ自転車をこぐこと20分。職場に着き着席する頃には、僕はムショ暮らしの厳しさを知り、ヤクの売人と白人警官が跋扈するストリートで如何に生き抜くかという、ストリートナレッジにみたされている。

 

そんな状況から這い上がるためにラップをやるしかないと、かたい決意を胸に「お電話ありがとうございます。〇〇市臨時福祉給付金コールセンター担当でございます」と電話を取る。


このコールセンターでは、主に高齢者向けに政府が配布している補助金のことが気になって仕方ないお年寄りに、自身が対象者かどうか案内したり、申請書の書き方を教えたりしている。

 

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名目上、市の職員となっているので、たまに「お前ら役所のモンはどう考えとるか知らんが、市長の〇〇のなになにといった政策は・・・」と言った電話もかかってくる。

お年寄りと話すことが好きな僕はついつい、「僕もそれには同感でして、そもそも市の保守勢力である・・」と返答していると管理者から「宮崎さん、市民と余計なことを話さないで下さい!」と怒られてしまう。まあ、そういった仕事をしている。

こんな調子で午前中の仕事を終わり、昼休憩の時間となった。休憩はいつも市役所そばのベンチにて弁当を食べている。

 

木陰で、初夏の暖かい風を浴び過ごす休憩時間は、時間の限りがあるせいか何事にも代えがたい心地よさがある。

昼食も終わり、たばこが吸いたくなったので、本能寺の喫煙所に向かった。大通りから、細い路地に入れば、そこには小さなお寺がある。昼休み、ちょっとタバコを吸うには丁度よい静かな空間だ。

そう、静けさを求めやって来たお寺に、叫び声が鳴り響いていた。

「私はこの研修を通し、感謝の対義語を学びました!!感謝の反対は当たり前です!」

なんだこれは。僕はあっけにとられていると、おそらくこの活動の管理者だと思われる男が「今、この寺で行われた合同社員研修の成果発表をしているんですよ、よかったら聞いて行ってください」と話しかけてきた。

 

僕は聞くも聞かざるもここにいる限り耳に入ってくるので、はいと答え、タバコを吸いながらそれを見ることにした。平均年齢30代前後の男十数人が法被を着て順番に発表している。

最初の発表者は感謝されることが如何に得難いことか、そしてその感謝を集めることが、どれほど自分を幸せにするか、という旨を絶叫し発表を終えた。

なんじゃそりゃ、自分が幸せになるため、感謝を集める?感謝欲しさに行動するなんて、なんと厚かましいんだ。と思いながら僕は発表者に拍手を送った。

 

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この時、何人かがこの「研修発表会」を遠巻きに見ていたが、腰を据えて見ているは、僕と管理者とおそらく本能寺の和尚さんの三者のみだった。

 

次の発表者が登壇し、スピーチを始めた。「私は幸せという財産作りをしたいです!ところで、そこのあなた!幸せって何ですか?」その問いは僕に向けられていた。

 

僕はすぐさま、誰にも自分の時間を奪われず、いっぱいダラダラ出来ることです、と答えた。答えるや否や、発表者は僕の回答を隅に置き、「幸せとは感謝されることです」と続けた。

それに管理者はもちろん、和尚までも微笑んでいた。どうやら僕は間違ってしまったみたいだ。僕は二番目に幸せだと考えたことは、好きな友達と美味しいものを飲んで食べることであり、三番目に至っては晩御飯の肉や魚が上手く焼けた時だった。

 

数十人の大人が共通した価値観を持ち、おまけに絶叫して訴えているのだ。僕が間違っているに違いない。寺の演壇の上から「感謝される幸せ」を説かれる自分は未だ獣の喜びしか知らない遅れた人間なのだと考えた。

 

発表が終わり、研修者たちは宿舎に戻っていった。その際、みな僕のそばを通り「今日は聞いて頂き、ありがとうございます」と頭を下げた。

 

こういう時はまわりに合わせ喜べばいいのだが、僕には出来なかった。伏し目でいやいや、と答え彼らが過ぎるのを待った。きっとこういうところが、僕の仕事が出来ない最大の要因なのだろう。

 

僕が霊廟に手を合わせていると、管理者がトヨタのサイという車に乗って帰っていくところが見えた。

昼からの仕事は、寺での一件が心に残りあまり身が入らなかった。相変わらず給付金のことが気になって仕方ない高齢者からの電話は鳴りやまない。どうすれば給付金がもらえるか、どう申請用紙記入すればいいかという相談を受け続ける。

 

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僕だって相談したいことが山ほどあるのだ。このヘッドセットの向こう側にいるお年寄りに、「さっきお寺でこのように言われたんじゃけど、おじいさんはどう思う?おじいさんの時代もこんな考えだったんか?」、と何度も逆に相談しようと思った。

 

しかしそんなことをしたら、またコールセンターの管理者に怒られてしまう。「○○様の場合ですと、税制上の扶養控除を受けておられますので・・・」と受け答えることしか出来ない自分にふがいなさを覚えた。

そうこう電話を受け続け、18時の終業を迎えた。週3日しか働いていない僕にとって、木曜日が週末なのである。

 

しかし木曜日に飲みに誘える友達がいないので、帰り道、家の近くのコンビニで発泡酒を一本買いそれをぐびっとあおる。

 

そこには待望感と解放感をない混ぜにしたような味がうっすらとあった。週末の味じゃ。週3日の勤務でもその味を感じた。きっと週5日働いたらこいつはもっとおいしくなるんじゃろう。しかしこういったものと引き換えに僕には週4日も自由時間がある。

 

出来るだけ有意義に使おう。良いニガはみんな警官に撃たれて死んだ。夕暮れのストリートでメロウなギャングラップを聞いていた。

 

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