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何故、パチスロブロガーになってしまったのか 中編

2019-05-23

 

前回の記事↓↓↓

[前編]何故、パチスロブロガーになってしまったのか。

 

前回のあらすじ

この社会には、パチスロブロガーおいらっくすのような、パチンコ・パチスロで飯を食っている人間がいる。

 

「職業に貴賎はない」
とは言うものの、「仕事の生産性」という観点からみれば、彼らのそれは非常に低い。

 

一般の人々は汗水たらして働き、その労働と交換した金を握りしめパチンコ屋に向かう。そして、それをパチンコ台へ放り込む。パチンコ台は設定に基づいて客から集めた金を計算し、まず店側の取り分を確保した後、運の良い客へお金を再配分している。

 

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パチンコ専業者は自身の有り余る時間を利用して、この「汗水たらして働き手に入れたお金」の再配分作業に割り込み、それをかすめ取りながら生きている。お金を手に入れるが、何か新しい価値を生み出しているわけでもない。

 

ゆえに彼らの仕事は、生産性が低い、というより「無い」と言ってもいいだろう。

 

 

一般的にこのような生産性が無い職業は、社会的に認められていない場合が多い。あなたの家の近所にパチンコ・パチスロで建った家はあるだろうか。

 

そこにはパチプロの父と専業主婦の母、そして子供が二人と一匹の白い大きな犬が幸せに暮らしているだろうか。

 

もし上記したパチンコ御殿が存在したとして、その子供が「父の仕事」という作文の中で、「ボクもお父さんのみたいに正確な目押しが出来るようになりたいなぁと思いました!」と書いたとする。

 

 

すると先生は、保護者向けのコメントにこう書くだろう。「お子さんには、もっと健全で広い世界を見せてあげてください」、と。

 

社会はおいらっくすのようなパチスロ専業を望んでいないのだ。では、何故彼はこの道を歩んでいるのか。

 

このことについて解き明かすため、前編では主においらっくすの生家について書いた。

 

おいらっくすは、父と母と祖父、そしてお姉共に暮らしていた。ハタから見ればごく一般的な家族構成だ。ただ、彼の父は枕元に塩化ビニールパイプの吹き矢を置き、その吹き矢で、家族を殴っていた。

 

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両親が離婚した後、なによりもおいらっくすの食生活に大きな変化が起こった。

 

これまで食事を用意していた母がいなくなったことで、彼の姉が代わりに夕食を作るようになった。ただ、中学生の姉が弟のすべての食事を賄うことは出来なかった。

 

そこで、祖父がその足りない分を与えるようになった。祖父は家の作業場にある菓子機(彼の祖父は田舎の夏祭りで食されるような、野暮で不躾な食品を作ることを生業にしていた)で菓子を作っては、成長期のおいらっくすに食べさせていた。

 

休日になると、彼の祖父はいつも外に遊びに行くおいらっくすに作りたての菓子を持たせていた。しかしおいらっくすはこれを近所の排水口に捨てていた。

 

「こんなものはハエに食わした方がいい」。彼は菓子を捨てた後、スーパーで買ったカップ麺を美味しそうに食べた。

 

それにも関わらず彼の祖父はおいらっくすのために、作業場で菓子を作り続けた。休日の度、祖父の作業場には窯から菓子を取り出す時の「ぽーーーーっん!」という爆発音が虚しく響いていた。

 

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おいらっくすが近所の排水口をすべて詰まらす頃になると、彼は中学校に進学していた。そして案の定、彼はグレていた。

 

彼は典型的な田舎のヤンキーとして、まずタバコを吸い始め、ピアスを開け、そして最後に「ボンタン」を履いて学校に登校するようになった。

 

 

また、彼は元来ユーモアのセンスに秀でていたため、学校では人気者だった。

 

ある日、性教育の授業を受けた時のことだった。彼はこの授業を通して、女性器の医学用語、「ヴァギ○」、という言葉を学んだ。

 

おいらっくすの独特な感性はこのカタカナ言葉が持つ、攻撃的な響きを感じ取った。そしてすかさず、まるで必殺技を発動する時のように「ヴァ○ナーーー!!」と叫んで各クラスをまわった。

 

 

するとこの行為は、当時思春期であらゆる言葉のニュアンスに対して、敏感に反応してしまうヤンキーたちに、まるではしかのようなスピードで流行していった。

 

これによって、当時の学校内でヤンキーが「ヴァ○ナ!○ァギナ!」と唱えながら、いじめられっ子を殴る光景がよく見られた。

 

おいらっくすはいつも話題の中心だった。彼は中学生になり量の増えた学校給食を平らげて、また、各クラスを巡っては元気よく「ヴ○ギナ!!」と叫んでいた。

 

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おいらっくすの姉は、毎日そんな彼の晩御飯を準備しなければならなかった。彼女は六時間目になると授業より今日の献立のことを考えていた。

 

 

学校からの帰宅後、荷物を置くとすぐにスーパーに行き、夕食の材料を買った。そして、料理を作りながら家族の帰宅を待っていた。

 

彼女は、母がそうだったように、父が帰って来ることに怯えていた。暴力を振るう父のことを、彼女は幼い時から嫌っていた。そんな彼女を守ってくれた母はもういない。なので、今は父に頼って生きて行かざるを得ない。

 

ああ、もし私が毎日の父の食事に一滴ずつ有毒物質を垂らしたとしたら。父は少しずつ弱ってゆくのだろう。

 

そして家族を怒鳴る気力も殴る力も衰えていく。いずれ父は寝たきりになり、ベッドから起き上がれなくなる。

 

 

そうなれば父は私に自分の介護を命じるだろう。しかし私はそんな父に対しても毎日スプーンで毒物の入ったおかゆを少しずつ少しずつ食べさせてやるのだ。彼女はそんなことを考えながら、野菜を洗っていた。

 

すると、家の勝手口が勢いよく空いた。

 

おいらっくすが帰ってきた。「父さんは?」、開口一番においらっくすはそう姉に訊ねた。「まだ帰ってきてないよ」、と姉も端的に答える。

 

そして、おいらっくすは食卓に腰をおろした。彼は姉と今日あった出来事についてぽつぽつと会話を交わしながら、父ヨシヲの帰宅を待った。

 

姉弟は次第に口数が減っていった。テレビニュースはかわいい合鴨が田んぼに放される映像を映している。

 

 

と、その時、遠くから車のタイヤがザラザラと砂利を踏みしめる音が聞こえた。そして、その音は一瞬止まった。

 

すると次の瞬間、エンジンはバックギアに切り替えられ、キュルキュルキュルキュルと独特な音を響かせおいらっくす家へと近づいてくるではないか。

 

姉弟がハッと息を飲むや否や、車は停車し、一度大きく「ぶおぉぉぉぉぉん!」と空ぶかしをした。

 

「ヨシヲのカルディナが帰ってきた」。

 

 

姉弟に戦慄が走る。彼らはまるで獰猛な肉食獣の唸り声を聞いたように、一瞬で震え上がった。

 

「帰ったぞ!!」。と言わんばかりに彼らの父ヨシヲはいつも車庫に車を止める時、このように空ぶかしをする。

 

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バタン!と車のドアを閉める大きな音がしたかと思うと、台所の勝手口の扉が勢いよく空いた。そこから大柄の父ヨシヲがヌッと入ってきた。

 

「おかえりなさい」。姉弟はいつも通り手順を間違わないように、そう父を迎え入れる。

しかし、父ヨシヲは勝手口に立ったまま上がってこない。何かが始まる。しかし、姉は何も気づかないふりをしながら、野菜を切る。

 

「お前、学校で悪さしてるらしいな」。ヨシヲはおいらっくすの履いているボンタンを掴んだ。「悪かった!勘弁してくれ」。おいらっくすは必死で抵抗するも、ヨシヲの手は大型重機のようにおいらっくすの脚を鷲掴みにし、外へと引きずって行く。

 

 

「今からお前をボウズにする」。ヨシヲはそう言うと、車のトランクから買ってきたばかりであろうバリカンを取り出した。

 

「やめてくれ!」。おいらっくすは必死で抵抗した。しかし、ヨシヲは彼が坊主頭を受け入れるまで殴った。

 

おいらっくすは庭のベンチに座らされ、悔しさに打ち震えていた。彼はオシャレに目覚め始めたばかりだった。彼の髪型は当時流行していた長髪にM字型の前髪を作ったタイプだった。

 

 

そこからいきなりボウズ頭になることは、思春期の彼にとって到底受け入れられものではない。なにより父は、帰宅前から自分をボウズにするため準備していた。父はいったいどんな気持ちで今バリカンを握りしめているのか。

 

「ヨシヲ!お前それでも親か!!」、この時ばかりは珍しく祖父は自分が菓子を与えて育てた孫おいらっくすをかばった。

 

しかしヨシヲは祖父を振りほどき、息子の髪を掴んだ。そして、まるで家畜の毛を刈りとるように強引かつ手際よく、おいらっくすを坊主にしてしまった。

 

 

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髪の毛が再び長く伸びた頃、おいらっくすは高校受験を控えていた。

 

田舎では基本的に、公立が賢く、私立がバカという単純な図式がある。また、そこには子供を教育した家庭は学費が安く済み、子供がバカだと高い学費を払うはめになるという、捻れた構造も存在する。

 

「公立に行かなければ、学費を払わない」。

 

受験を控えるおいらっくすに、ヨシヲはこの言葉を贈っていた。

 

おいらっくすの学力で受験できそうな公立高校は、地元の工業高校だけだった。彼はそこの土木科を受験し、そして落ちた。

 

さすがのおいらっくすもこれには落ち込んだが、しばらくして、すぐに元気を取り戻した。

 

学費を自前で捻出しなければならない息子を思ってか、ヨシヲは彼のアルバイトを許したのだ。

 

おいらっくすの皮算用によれば、バイトをして余ったお金で服や250CCのバイクを買うことが出来た。ただヨシヲは次にこの言葉を息子に贈っていた。

 

 

「学校を辞めたら、家を追い出す」。

 

この時のおいらっくすは高校を辞めるつもりは毛頭なかったし、なんだったら、バイトをして貯めたお金でさっさと父から離れたかった。ゆえに、彼は「わかった」。と返答していた。

 

ただ、この時おいらっくすは気づいていなかったが、彼の父親はおいらっくすを、一歩、また一歩と、追い詰めていた。

 

続き↓

何故、パチスロブロガーになってしまったのか[後編]

 

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