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内定後、ありったけの娑婆の喜びをかき集め、僕は地獄に落ちる。

2019-07-25

前回のあらすじ

「布団は買いに行くものであり、買わされるものではない」。

 

そう言ったのは、僕の住むマンション一階のテナント入っている整骨院の院長だった。数ヶ月前、僕のマンションの近所に所謂実演販売ショップが出来た。

 

そこでは主に健康食品などを販売していた。そして時々、高額の羽毛布団を売る日もあった。

 

「若い子がいつも頑張っているから」。

 

このような理由で高額商品を購入してしまう老人たちが、マンション内で問題視され始めていた。

そんなマンションの一室で、僕は就職活動をしていた。上海に本社がある日系企業の代表とSkype での面接が終わり、インド拠点での内定を得た。

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日本では面白そう仕事が無く、中国など成熟した国では就労ビザの基準が厳しいので働けない。まともな職歴もなく、新卒でもない僕が、もろもろの条件を鑑みて働ける外国はインドだけだった。だから、それを受諾することにした。

さて、「インド」ってなんだろう。内定を受け取った後で僕は、キョトンとそんなことを考えていた。

時計を見やると14時だった。今日も老人用押し車が、一台、また一台と薄暗い路地裏にある実演販売店に消えてゆく時間だ。その先には「毎日のびのび健康酢」と書かれたノボリがなびいていた。

 

「毎日健康な朝を迎えるために」

 

そう書かれたホワイトボードの前で、僕と同い年くらいの若いセールスマンが、笑顔を作っていた。売りたくもない商品を、買わせたくない年寄りたちに売っている。

 

働くというのはこういうことなのだ。僕もあんな風に笑えるだろうか。ふと、振り返った僕は思った。

 

「オレもいつか年寄りを食い物にしてやる」。

僕の中でギラついたビジネスマインドが芽生え始めていた。

 

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年寄りを食い物にする前に、僕にはこれから対処しなければならない課題が山積みだった。

敢えてそれを挙げるとすれば、僕はこれから会社の言うことを聞かなければならないし、名刺交換のやり方を覚えなければならない。お客さんとしょうもない話しで笑わなければならない。

 

また、カラオケで合いの手の入れ方を勉強したり、「こいつ1人だけ飛ばして/時間かかるのにへんな所ばかりに打ちやがって空気読めよ」と思われないゴルフやり方の回り方を覚えたりしなければならない。

要するすべての課題は、僕がまっとうなサラリーマンになれるか否か。という問題に直結していた。

長年、僕は所謂真面目な正社員とは程遠い生活を送ってきた。人の言うことを聞かず、自分の好きな時に、好きなやり方で働き、気に食わなければサボっていた。

 

工場でアルバイトをしていた時もそうだった。制服を来た正社員を「繋がれた犬」と見下していた。

 

しかし、ふと己の姿を見返せば、定職につかず安定収入もない。いつもお金が無いので女の子と気前よくデートすら出来ない自分がいる。

 

なので、「今金が無いから、ご飯は奢って!今度返すから!」と、相手の足元で餌をねだる「繋がれてない犬」でしかない。それが僕だった。

そう思うと、あの時見下していた正社員たちは、なんらかの社会的束縛あるとして、まるまると太る事ができ、また夜も安心して眠っている。

 

まったく何が幸せなのかわからない。しかし、試してみないことにはわからない。

そう思い、僕は就職することにした。

 

これまで好き勝手生きてきた僕だが、これからは自ら自由を捨て、普通のサラリーマンとして生きていく。サラリーマンになれば、安定した給与を得ることが出来るが、その分時間的自由も減るし、人に合わせ生きざるを得なくなる。

 

ただ、そうした鎖の中に自ら首を突っ込み、それをギュッと締めてみるのだ。もしかすると、意外に気持ちいいかも知れない。

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入社日について、内定先の企業と電話で話し合いを終えた僕はカレンダーをみやった。

二ヶ月後、僕はインドに渡航し働き始める。

 

娑婆の生活もこれで終わりか。これから今まで過ごしてきた自由奔放な生活は出来なくなる。

 

僕は想いを巡らせていた。今まで金はなかったけど、様々な土地に行き、その土地々々の女の子を抱いた。

これから僕は週五日出社して、休みといえば土日だけだ。遠くに行く時間はないし、なにより週末はクタクタに疲れていて、家でゴロゴロするだけ。そんな生活が待っているだろう。

 

ああ、寂しい。寂しい。なので僕が出会える女性の数もぐっと少なくなるかも知れない。せいぜい近所の居酒屋で行われる店コンに参加するか、社内の女性という限られた資源を奪い合うしか無いのだろう。

 

「僕は大学時代ヨット部の部長だったんですよ」。

 

社内や店コンの飲み会の席で、そんなモテそうな嘘をついている、退屈なサラリーマンになった僕の姿がまぶたに浮かんだ。

なにより、これで娑婆の生活は終わりだ。今までお世話になった人々にお別れを言わなければならない。

 

僕はグーグルマップを開き、日本地図を見た。

ああ、この街に住んでいた時はあの女を抱いたな。かわいかったなぁ。いい人だったな。そんなことを考えていた。

 

昔遊んでいた台湾人、彼女の騎乗位はすごかった。僕に飛び乗るや否や千里を駆けて行く。そんな幻覚さえ覚えた。

 

日本人の元彼女にも一度、あっておこう。彼女の実家のお寺で願掛けしなければならない。

 

また、インドに行く前、隣国であるネパール人の友人に何を準備すればいいか、どうやって素手でカレーを食べればいいか聞いておこう。

 

そうだ、北海道に住んでいた時一緒に暮らしたロシア人、彼女には僕から一度謝らなければならない。

 

僕はそんなことを考えながら彼女たちの住んでいる街に、グーグルマップ上で一つ一つピンを落とした。

 

するとどうだろう。日本全国に散らばった赤いピンが、自分にとってかけがえのない存在に思えてきた。

僕はその一つ一つとの関係を清算することで、これまで犯した罪を認め、そしてサラリーマンというまっとうな人間になる道に戻るのだ。

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そう思うと、居ても立ってもいられない自分がいた。アドレナリンがまるで飢えた野犬のように血管を駆け巡り、肌が新しい風のそよぎを求めているのを感じる。

 

「よし、渡航までの二ヶ月間で、僕は旅に出よう」。

 

ありったけの娑婆の喜びをかき集め、僕は地獄に落ちるのだ。ただ、ギラついた興奮だけが僕を支配していた。

 

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