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就職決定後、必ずやっておくべき事とは

 

「どうせ受かってるから、田舎暮らし楽しもうぜ!自然と触れ合ってな!人生一度きりなんだし楽しもうぜ!」

 

これは僕の就職活動がひと段落した頃、自己評価だけはべらぼうに高いペテン師に言われたセリフである。

 

そんなわけで僕はこの言葉を信じ、最後の自由時間を満喫すべく、関西のあるお茶の産地でお茶摘みのバイトを始めていた。

 

しかし、この言葉こそ全くのペテンだった。仕事が終わり寮の自室にてパソコンを開くと、僕が受けていた会社から就職ナビのマイページに一通のメールが送られていた。

「宮崎卓郎様の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます」。

 

文末はそう締めくくられている。上から読んでみれば受かったのかと期待しなくもない書き方だが、下から読んでみれば確実に落ちている内容だ。

 

それはいわゆる、不合格を伝える「お祈りメール」だった。「マジか」。埃臭い六畳和室で野良着のままくつろいでいたペテン師は、そう一言漏らした。

 

 

なんと情けないのだろう。捕らぬ狸の皮算用とはまさにこの事である。僕は一週間ばかり、「まぁ受かっているだろう」、と高をくくり呑気に農業をしていた。

汗水たらし収穫された茶葉を運びながら、「旅行はどこに行こうかしら」と妄想している自分がいた。

 

内定を出してくれている他の会社に行くべきか。いや、やはりもう一度就活をやり直す方が無難だろう。

 

食事の時、その旨を先輩バイトであり、この寮の同居人でもあるNさんに伝えてみた。

 

「はあ?なんやねんそれ!お前は自己評価がアホみたいに高いからや。ざまあみろ!」。

 

Nさんは笑いながらそう答えた。全く、彼の言う通りだ。「明日は七時に畑集合な」。そう言い残しNさんは自室に引っ込んでいった。

ああ、どうしたことか。どうしようにも、今僕はこの田舎の、段ボールと肥料の袋で散らかった寮に住んでいる。

 

今出来ることは明日の朝7時に畑にいくことだけだろう。ああ、乗り気がしない。気持ちを紛らさせようと、Nさんが食事の時に注いでくれた大吟醸を飲んでみた。

 

それはなかなかウマかった。しかし、心の中に晴れ間が見当たらないことに変わりなかった。さて、どうしたものか。そう思いながら、じわじわと燃え尽きている蚊取り線香をぼんやり眺めていた。

 

 

翌朝僕は、いつものように茶畑に行く前の準備のため、雇い主であるお茶農家さんの家に出勤した。

 

「おはようさん!」、と今日も親方が威勢よく挨拶してきた。この集落でお茶農家の主人は、総じてなぜか知らないが「親方」と呼ばれている。

ここの親方は御年85歳だが、とても姿勢がいい。後期高齢者になられた今でも、地面に対してほぼ垂直に立っている。

 

僕は朝の準備として、軽トラックに茶刈機や、収穫された茶葉を入れる袋などを載せた。今日は遠くにある茶畑で刈り取り作業がある。僕は軽トラックのキーを回し、現場へと出発した。

 

「ええか?おいの言う事をよく聞け。このチェーンソーをもって、刈り終わったお茶の木ぃ整ぇ。この線に沿ってピャーっと刈って上ん所はビャビャッとして、最後に角をシュッとすんねん。ほな仕事や!」。

 

 

木津川の河川敷に面した茶畑には、親方の指示が響く。この日僕には、一番茶の刈り取りを終えたお茶の木を剪定する作業が任せられた。

 

擬音の多い作業の説明をあまり理解で出来ていないが、言われた通りにしなければならない。僕はチェーンソーのエンジンスターターロープを引き上げた。

わしゃいつまでこんな生活を続けるじゃろうか。気分は重かった。しかし、働かなければならない。現にチェーンソーは元気にエンジンを回している。

 

僕は何メートルと連なる長方形の茶の木の側面にある余分な枝葉を刈り取っていった。「上をビャビャッと刈る」作業に取り掛かった時、何分初めてのことだったので、綺麗に整えることが出来なかった。

 

本来なら平らにならさなければいけない茶の木の上面が妙にボコボコしている。手を止めてそれを確認すれば、まるで思春期の野球部員のような表面の凹凸が目立った。

「こんにちは!新茶の刈り取りをされているんですか?」。そう声をかけられ、ふと後ろを振り返る。そこにはサイクリングウェアを着た、歳の頃はアラサーくらいの男性が立っていた。

 

 

この茶畑のすぐそばには、木津川を沿うように自転車専用道がある。彼はここで休日のサイクリングを楽しんでいるようだった。

 

「いえ、今はすでに刈り取りの終わったお茶の木を整えているところです」。僕は汗をぬぐいそう答えた。

 

「こうやってお茶の木の上に沢山コブを作っておけば、美味しい二番茶がとれるんですよ」。この男に自分の手落ちをさとられてはならない。

 

僕は如何にも大事そうに失敗したコブを撫でながらそう言った。男性はへぇと感心していた。

 

手を休め、もう少し彼と話そうと思った矢先、親方がこちらに来るのが見えた。「親方が来たから仕事しないと」、僕は、ブォォォンとチェーンソーのスロットルを全開にして、素早くコブの切除に取り掛かった。

「美味しい二番茶のためのひと手間」。そう信じていたものが目の前で切り落とされる。彼は顔を強張らせ何か言おうとしたようだが自転車に乗り、自転車専用道へと去っていった。

 

「休憩しようか」、と親方は僕に声をかけた。他のバイトの方は、すでに畑のわきの柿の木の木陰に集まっている。

 

Nさんは「んで宮崎くん、どうすんの?」と楽しそうに話しかけてきた。僕は、本来一か月働こうと思っていたが今はどうするか決めかねていると答えた。

 

すると他のバイトの方は、今やめられたら困るが、仕方ないよねと言った意味合いの言葉を口々にこぼしていた。

 

休憩中、ここで二年働いているTさんが、おもむろにスマホで音楽をかけた。これを聞いて元気だせよ。

Tさんがかけたのは彼が最近ハマっているというジャパニーズレゲエの曲だった。僕の知る限り、ジャパニーズレゲエの歌詞には一定のパターンがある。

 

それは如何なる仕事においてもやる気と努力と持続力が重要だということ、安易な逃げ道であるケミカルなドラッグを使わないこと、

 

そしてそれらの経験を用いてレゲエ歌手になることを推奨している場合が多いということだ。

 

この曲もやはり、こうした日本独特のレゲエ的道徳観を伝えていた。

 

「僕もレゲエマンになるしかないんですかね?」、僕はTさんにそう尋ねた。「とりあえず今は仕事や」。

 

Tさんはそう言うと、柿の木の下から出て行った。

 

 

一日の仕事が終わり、僕は軽トラックを一人運転し、親方の家に帰っていた。京田辺と和束町を繋ぐ、何もない山道を走っていた。

 

スマホで音楽を聴いていると、ある女性ジャズヴォーカルの曲がかかった。僕がいつも飛行機に乗っている時に聞く曲だった。

 

それがかかると、とても重たい気分になった。もし会社に入っていれば、今頃こんな沈没船のように錆びだらけの軽トラではなく飛行機に乗っていたかもしれない。ふと頭をよぎる。

 

このままだと、一生こんなふらふらした暮らしが続くだろう。だからはやく、東京や大阪のような大都市に行って、今すぐ就活しなければ。

 

街に帰ろうと思えば、この軽トラックをもってすれば一時間あまりで家に帰れる。しかし、今の僕は汗臭い野良着を着ていて長靴には土がいっぱい入っている。

 

しかも二日髭を剃っていない。輸入農作物の反対活動などに参加して、街を練り歩けばきっと様になるだろう。

だが、この格好は面接に行ったり、素敵な女性とパンケーキを食べるにはあまり向いていない。

 

だから今のところは、明日も七時に起きて畑に行かなければならない。明日もサイクリングを楽しむサラリーマンがびゅんびゅんと駆け抜けていく木津川沿いの茶畑で仕事がある。

 

あの人たちと休日の自転車専用道で颯爽とサイクリングしたら気持ちよいだろう。だけど髭面の僕が軽トラックでついて来ても、仲間には入れて貰えないか。

 

気付けば、これまで気の向くままに生きて、あぜ道を歩きすぎて、みんなが普通に歩いている場所に戻れなくなっている自分がいるように思う。

 

寮に帰り、夕食の準備をする。道路沿いで無人販売されていた、名前もわからない葉野菜と、鶏肉を炒めていた。

それらがフライパンの上で焼けているのを見ているうちに、近日中に街に帰ろうという考えが固まってきた。

 

 

「明後日、いや出来れば明日にでも京都に帰りたいです」。僕は食事の時、リビングでNさんにそう相談した。

 

Nさんは個人の問題だから好きにしたらいいという前置きを述べたあと、お金はどうするのか、ここでもう少し働くことは身のためになる、新卒ではないから結局いつ就活しても同じじゃないのか?

 

などを言って、予定通り一か月間ここで働くことを勧めてきた。しかし、僕は考えを変えなかった。

 

「お前も譲らへんな。次落ちてもさままあみろとしか言えへんわ!まぁ、帰る時は気を付けて帰って」。

 

そういうとNさんは自室に入って行った。嫌味な奴め。僕はそう思い、彼がいなくなったのを見計らい、昨日の大吟醸を失敬しようと思った。

しかし、良心の呵責から一応一声かけてみることにした。

 

「そうだ、机の上にあるお酒飲んでいいですか?」。僕がそうリビングから声をあげた。

 

「ああ、ええよ。棚にあるおつまみも勝手に食ってええで。これが俺からの餞別や」。そうNさんはぶっきらぼうに答えた。

 

なんだ、太っ腹じゃないか。そう思いながら僕は、棚のなかにあるおつまみをいくつか見繕っていた。

 

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